日記

鈴木伸幸(映画俳優)③

最後に、
東京乾電池に入団してからである。3年ぐらい経った後、ある人の紹介で、シナリオライター、要は物書きにも興味を持ち始め、
そこで吉本興業の関連でオサナイさんという方を出会ったそうである。そこで2年ぐらいの修行時代があったが、これまた2年ぐらい経った後、
谷口秀一さんという放送作家の事務所へと仕事場を変えた。今でも、この突然の転職は、オサナイさんには、申し訳なかったと言っていた。なんせほぼ突然のことで、引き止められたからである。この事務所も2年ぐらいで、やめた後、例の「お墓と離婚」という映画の出演ということになったそうである。そこで話は一巡したが、やはり、彼は役者であり続けたいのである。私の話は、誠に下手であるが、僕は彼と同じにおいがするのである。であるから、どんな形になるかわからないが、とにかく応援したいのである。インドネシアで、一旗揚げてほしいのである。<H2>
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日記

鈴木伸幸(映画俳優)②

さて、続き。
彼は、インドネシアに来る前に、日本映画に出演している。「お墓と離婚」という映画で、小林かおる(男性俳優)が主演であったそうである。実はこの鈴木さんは、高校生の頃からこの「小林かおる」さんのファンであったそうである。高校2年の頃、役者になることを決めたそうである。そこからが、ある意味で青春の苦悩の日々が続くわけだが、楽しい生きがいのある人生でもあった。この映画で、夢の競演ができたが、自分の演技ができないということで、とても悩んだそうである。
少し、戻るが、大学生の頃の話であるが、大学中退後、このかおるさんに憧れ、同劇団のオーディションを受けるが、落ちてしまう。が、知る人ぞ知る「東京乾電池」という劇団に受かり、入団し3年ぐらい活躍する。次回にづづく。
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エンターテイメント

鈴木伸幸(映画俳優)①

今回は、インドネシアに住んでいる、友人の日本人映画俳優の鈴木さんについて、少し書いてみます。
この方、1996年の終わりごろ、アジア各国を歩いた末に、この国インドネシアに来ました。
最近の活動をまず、ご紹介しましょう。
昨年、インドネシア映画「Untuk Rena」という映画に出演。インドネシアでは初めて、映画出演。つい先日の映画際で、同映画の主役「Mr.Surya Saputra」が、最優秀主演男優賞を取る。
今年、年末にかけて、再度映画出演決まる。「Nagabonar jadi Dua」、主役は同映画の1作目と同じく「Mr.Dedy Miauwar」、兼監督。どうやら日本人サラリーマン役になりそうだということ。
また、この国に着いてから、学生に興味を持ってもらえるように、日本語を面白おかしく、いろんな大学で教えている。ボルブドゥール大学、ブカシ外国語大学など。最近は、UNJで週一回のペース。
次回は、彼の昔を少し、振り返りますね。もちろん日本での映画出演もありますよ。
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日記

東京ラグラグ会にて、ジャカルタ音頭

H1こと「服部」が、9月の東京のラグラグ会のパーティで、PocoPoco踊りをつけてジャカルタ音頭を披露しました。
ラグラグ会はインドネシアのジャカルタが本部で、支部がインドネシア各地にも。さらに日本にも。ジャカルタを卒業した方々が、日本に帰り
それぞれが、各県で支部を開いてこの会は広がっていく一方です。
その東京での模様の一部がわかる写真を一枚ですが、掲載いたします。
 
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日記

Papayaさんで”再び”

いきなりびっくりでした。日本食スーパー”パパイヤフレッシュギャラリー”正式名だそうです)で、ジャカルタ音頭が先日の日曜日に、聞けました。半年ほどでしょうか?さすがにもう飽きたかな?ということで、聞けなくなっていましたが、再びです。そこで、昨日夜8時ごろお買い物に行ってレジで支払いをする時に、店員さんから、”トゥアン!” ジャカルタ音頭また、土曜日から流しているわよと聞かされました。また、近くにいた店員さんから、在庫を確認したようで、「あと3枚だから、また在庫補充ね!」と言われました。自分のことを知っていてくれたこと、覚えていてくれたこと、とてもうれしかったです。実は、友人の甲斐切さんからの話でも、たまたま土曜日に買い物に行ったら、かかっていたわよ。という話をもらっていたところでした。やはり、店内放送をしていただくと、CDの売れ行きも違いますね。また、在庫入れに行こうーと!(H2)
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