日記

鈴木伸幸(映画俳優)③

最後に、
東京乾電池に入団してからである。3年ぐらい経った後、ある人の紹介で、シナリオライター、要は物書きにも興味を持ち始め、
そこで吉本興業の関連でオサナイさんという方を出会ったそうである。そこで2年ぐらいの修行時代があったが、これまた2年ぐらい経った後、
谷口秀一さんという放送作家の事務所へと仕事場を変えた。今でも、この突然の転職は、オサナイさんには、申し訳なかったと言っていた。なんせほぼ突然のことで、引き止められたからである。この事務所も2年ぐらいで、やめた後、例の「お墓と離婚」という映画の出演ということになったそうである。そこで話は一巡したが、やはり、彼は役者であり続けたいのである。私の話は、誠に下手であるが、僕は彼と同じにおいがするのである。であるから、どんな形になるかわからないが、とにかく応援したいのである。インドネシアで、一旗揚げてほしいのである。<H2>
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