日記

4つの映画祭で各賞を受賞

 

さて、本当にこれで最後になる、、映画「Nagabonar Jadi 2」の話題でしょう。昨日突然、鈴木さんから夜中に電話があり、今年の映画祭の各賞を受賞したので、そのお祝いに、関係者を集め、昼食会を開くというので、11時半に行きました。すると写真のプロデューサが、僕らを迎えてくれました。


また、後でわかるのですが、このお母さんがどうやら、力があるようである。
でも理由が今でもわからない。彼女の発言が、プロデューサみたいな発言であったである。

昼食会も、一通りみんなが食事が終わったころ、上記のようにプロヂューサの司会でこの会は始るのである。

さらに監督のミズワールからのスタッフみんなへのお礼の挨拶がありました。

このバトンを引き取り、主演男優賞と主演女優賞を取った二人が、司会をするのです。

そして、裏方のMakeupやサウンド、また僕らみたいな、脇役を前に呼び出して、一言づつ挨拶をもらっておりました。
日本人は、鈴木さんと僕が参加しておりましたので、エピソードを一言づつ話しました。
彼は、サリナデパートで映画のDVDを買おうとしたときに、お店に人に「え?」と映画に出ていた人と言われて、買うのをやめたという話
僕は、住んでいるアパートの警備員が、いつの間に映画のことを知っていて、僕に尋ねて来て、はじめは違うと、言っていたが、テレビでも見たと言われ、あきれめて、認めたという話でした。

また、FFJの映画祭の時に、大統領がきて、この映画について、冗句を交えたコメントを残し、このように、民間の映画祭に大統領が来るのも初めてだったそうである。たぶん、副大統領も、ある映画館を貸切、この映画を見たいたし、大統領もこの映画を見て、とても褒めていたというエピソードもあるくらいだったから。この話も真実味がありそうである。

また、この監督がとても、尊敬できると思ったことがありました。
それは、鈴木さんには、また機会があったら、一緒に映画をやろうと声をかけていたし、
僕には、ロケの最中に渡した、ジャカルタ音頭CDを今でも、聴いているという話をしていたことである。
やはり、輝いている人は、違うと思いました。

会が終わるときに、バスの運転手役と警察官役をやった彼らと、別れる時に「Berikut-nya」とあいさつを交わしました。
ちなみに、ここで初めてこの意味がわかりました。

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ラグラグ会忘年会2007

第37回ラグラグ会忘年会2007 in Hotel Sari PanPasific Jakarta 12月15日

さて今年2007年も、もう年末となってしまいました。そこでラグラグ会も恒例の忘年会が開かれました。僕たちもそのメンバーですので、参加いたしましたが、服部氏も、相変わらずの積極的な参加で、ジャカルタに到着していました。また、今回は、東京ラグラグ会からとマカッサル支部からも、ゲストを迎えました。しかも、支部については、女性会員も許されているので、今回はいつものステージ上に、男女混合で歌わせてもらいました。私は、事情があり、スタッフの一員として、参加させていただきました。ただし、ジャカルタ音頭は、別ですが。

またこの会が、行われる前に、ジャカルタ新聞のご協力により、数日前に、ラグラグ会の歴史を紙面上に見開き2ページに渡り、詳しく取り上げていただいておりました。
私は会員ナンバー671ですが、古い番号の諸先輩方を中心に、日本でも活発に活動しています。
1977年発足以来、このラグラグ会は、日本もインドネシアでも、両国友好のために、さまざまな形で役に立っていたようです。
もし機会があれば、ぜひこの記事を見たいただきたいものです。

ジャカルタ音頭は、今回のお披露目は、CD発売前から数えて4回目になりました。
今年も去年と同じく、Lia大学の生徒さん達と一緒に、踊りながら、楽しく歌うことができました。

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Ponorogo FM局「ロマンサ」

ロマンサFM、Ponorogo Vol.1

先週の水曜の午後5時にGanbil駅を出てから、車中で1泊、次の日曜の朝にGambilに帰る予定で、このJawaTimurのPonorogo(ジャカルタから見ればスラバヤの少し西に位置する)に、のFM局「RomansaFM」という局に行ってきました。
そこに「JakartaOndo」アルバムのプロモーションと休暇を兼ねて、行ってきました。
とても温かい人たちばかりで、土曜の夜に帰るときには、もう帰りたくないぐらいまで、とても親身に、優しくしていただきました。

数回に分けて、ご紹介したく思います。

1つ、ここでこの地方に特有のお話を聞きましたので、ご紹介します。
この地方から出稼ぎで、マレーシアやタイ、あるいは日本に行って帰ってきた人たちが自分の家を立てられる。
日本で貯金をしてそのお金を元にして、家を立てているという話です。
ここの物価がどの程度か、聞いてみたところ、1年間新しくはない家を借りるとすると、年間で500.000Rpでいいというのです。
ジャカルタ近くの工業団地がたくさんあるチカラン地方で、年間9.000.000Rp、またジャカルタでは、やはり10.000.000Rp以上は最低はするでしょう。
もちろんさまざまでロケーションにもよりますが。

   

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JCCパーティ動画でのリハーサル風景

さて、先日JCCの甲斐切さんから、今年3月の10周年パーティのDVDをいただきました。この中に僕とImelちゃん(Tentofive)でのステージのリハーサル風景画動画でありましたので、せっかくですから皆さんに、ご報告します。この日の本番では、「ジャカルタ音頭」と「I will fly」と歌いましたが、このリハーサルでの模様は、「I will fly」の一部ですが、お楽しみください。 ダウンロードには、すこし時間がかかるかもしれませんが、よろしくお願いします。 右下のNuグリーンティの下をクリックしてください。

先日彼女は、「永遠の愛」という日本語の歌を自分のアルバムに入れて、NHKやジャカルタ新聞に取材されたばかりです。

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