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「パパイヤの歌」応援歌の話。(再編集)

「パパイヤの歌」応援歌の話。(2016月9月14日)(再編集前の日付は2012年8月24日)

ジャカルタのブロックmにあるスーパーマーケットには、お店の歌が流れています。それがこの曲。とても緩い感じですが、「ジャカルタ音頭」を店内で長い間、流してくれているお礼に、作ったものです。もしかしたら、その他支店でも流れているかもしれませんが、

とても緩いか感じなので、お売りすることもできませんが、なかには、この歌を欲しがる方がいらっしゃるようです。お店の方からお聞きします。
それでは、ご興味のある方は、お聞きください。

またこのような、ブログも発見です。

お子さんが歌を覚えてしまったというお話。
リンク先は、公開いたしませんが、

ブログに書いていただき、ありがとうございました。

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③ パパイヤの歌

ジャカルタ在住の方お馴染みの日本食スーパー“パパイヤ”。
ブミマス店の方ではかかってないと思うんだけど、ブロックMの店内では、パパイヤのオリジナルソングと、あと何故かスピードや小田和正などの懐かしい歌がひっきりなしにリピートされている

私はどちらかと言うと、距離的にブミマスの方を主に利用しているのだが、最近なんと娘が口ずさむようになったのである。

~いっつっもーのお買い物、パパーイヤフレッシュギャラリ~♪♪♪ と・・・。

何でー???最初に聞いた時は耳を疑ったけど、何度聞いてもやっぱりこの歌だ。いつの間に覚えたのかしらね~

ここから視聴できます。ご興味のある方はどうぞ。
https://soundcloud.com/kazu-jakarta/papaya-song-supermarket

ブログは既に引っ越ししていますよ。こちらで~す。
http://kazujakarta.blogspot.co.id/

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音楽

「音楽は、僕の人生を支えた!」2

「音楽は、僕の人生を支えた!」1の続きから

中学校2年の時から、ゆるい感じでギターを弾き、フォークソングのコピーから入って,その内に、オリジナルを作り始めるという、女ノ子にモテたいからという、お決まりのパターンでした。高校時代に始めて歌を作り、アコースティックでの3人編成のバンドを組んで燃えていました。

また、大学でも続け、さらに卒業しても、ぶらぶらしながら、それなりに音楽を続けていました。ソロでやったり、ロックバンドも始めました。

20代後半からは同時に、作曲の勉強や発声の勉強もしたこともありましたが、どうも自分が納得いく歌が作れない、歌えないなど、悩んでいました。そこへ、当時一緒にバンドを組んでいた、高校からの友人からの紹介で自己啓発のセミナーを受けることになりました。このセミナーでは、いろいろ危ないこともありましたが、ここでは止めておきます。ただ気付かしてもらったことがありました。人と心を割って関わってこなかったことに、そして、そこから出てくるものは、人の心に届くはずがなかったということもわかりました。人の本音の部分を見るように努力もしたし、そのために、つらい目に合わせてしまった人もいたし、友人関係も上手くいかなくなりました。

但し、このことがあった事で、目が覚めたことがたくさんありました。ある意味で、生まれ変われて期間でした。今思えば。つづく

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音楽

6万回のアクセスありがとうございます。https://onlyonejkt.wordpress.com/?p=962&preview=true

インドネシアのロックバンド「ジフィリア」が歌う「愛してる」を日本語に変えて、カバーをさせていただきました。このYoutubeの動画のアクセスが、遂に、6万回を超えました。

一番のアクセスは、インドネシアのファンの方々からの応援でした。次に日本からのファンの方々でした。今回は、感謝のご挨拶でした!

興味ある方は、僕のFacebook、https://www.facebook.com/kazu.jakarta

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エンターテイメント

Mirai Ocha

とうとう、流れはじめました!先週土曜日の朝から、放映が始まったようです。

2ヶ月ぐらいの前のブログで、はっきりご紹介できませんでしたが、放映が開始されたので、当時の撮った写真をまずは、

画像画像

ある平日の朝に顔合わせや衣装合わせ。

日を改め、コマーシャルの撮影ということとなりました。撮影場所は、先日のブログでもありました。郊外の撮影所でした。

サントリーさんの日本人の方にもお会いしながら、撮影の仕方も含め、話をしながら進んでいきました。

この出来上がったコマーシャルを見ましたが、僕はタレントではないので、なんとコメントしてよいかわかりませんが。

なんかあわただしいできという仕上がりという印象でした。1度しか見ていませんが。

ご覧になった方は、どのように思われるか?コマーシャルのできを考えてしまいますね。

自分がどうのこうのというよりは、効果があるのか?ないのか?

仕事が、マーケティングをしているせいでしょうか。さてこれから、さまざまな方々からのコメントがでてくるでしょうから。

お楽しみということで。

せっかくメガネも日本人ぽいものにしたり、いろいろ現場で苦労したのに。うんんんん。

撮影当日は、朝の確か10時ぐらいからの集合で、終了は夜の10時、11時であったと思います。

やはりこの関連のお仕事は、待つことですね。

I want you to be happy by my MUSIC ( not Commercial )

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音楽

ゆるい感じでギターを弾き~

中学校2年の時から、ゆるい感じでギターを弾き、フォークソングのコピーから入って,その内に、オリジナルを作り始めるという、女ノ子にモテたいからという、お決まりのパターンでした。

高校時代に始めて歌を作り、アコースティックでの3人編成のバンドを組んで燃えていました。

また、大学でも続け、さらに卒業しても、ぶらぶらしながら、それなりに音楽を続けていました。
ソロでやったり、ロックバンドも始めました。

今思えば40歳ぐらいでやっとわかったのですが、自分の音楽性も決まったようです。

つづく

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音楽

「音楽は、僕の人生を支えた!」1

どうして、音楽をやるのか?

結構深いわけがあったのです!

小さい頃からそうだったのですが、家族関係や友人関係や恋愛関係で落ち込んでいる時、歌は、僕を励ましてくれました。力をくれました。

例えば、小学高学年から中学校の辺りでは、両親の離婚のことで、当時、家族がばらばらで心休まる日がありませんでした。
時に怒鳴り合う声や机を叩く音で怯えることも有りました。
そんな中、当時流行っていた歌がその現実を忘れさせてくれました。
また、友人や恋愛関係の問題では、歌が人に立ち向かうことや相手を思いやる気持ちも教えてくれました。
その他いろいろさまざまなことを、特に人の生き方を、歌詞通して学びました。

その昔、大切な友人の彼女を奪ってしまうことになった時、しばらく付き合ってから、その彼女からは、きっぱり別れを言われ時も歌が僕を励ましてくれました。人の本音の部分が書かれた歌詞に、乗り越えるには、時間もかかりましたが、心の命を救われました。

つづく

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